底辺ニートは社会復帰の夢をみる

社会復帰を目指す底辺職歴なしニートの日記帳

繭であったのかもしれない

私はニートだ。

厳密にはもう、訓練校通いでニートではないのかもしれないが

就職できるまでは、心の中ではそう呼ぶことにしている。

でもまぁ、最近はそんな心の中で自分をそう呼ぶことも減って来た。

終わりの時が近い、そんな予感を感じているのかもしれない。

ニートの終わりが。

 

ニートである期間というのは無駄だったことが多い。

最初の半年、自力でゲームを作ってゲーム会社に就職しようとした。

でも、全くわからくて頓挫した。

受験勉強を2年ほどした。でも私にはやりたい事も

目指すものもなくて、受かる事はなかった。

それからの日々は怠惰だった。

変わり始めたのは何時からだっただろう。

多分、少しずつ変わり始めたのは一年ぐらいたったころ、

久しぶりにふと思い立って創作活動を始めた頃だったと思う。

 

かつて作った小説は一度もコメントを貰えたことがなくて、

それだけでつまらないものなのだろうと痛感した。

道行く人の様に無関心で、目に入ってもすぐに忘れられてしまうもの。

それに自信をなくして、夢からも逃げて、何も目に入れたくなかった当時、

本当にきまぐれで始めたものだった。初めてで粗も多く、酷いと思った。

でも、やるからには全力でやろうと始めると、意外と反応を貰えたのだ。

「面白いです」「また待ってます」

そんな気持ちに支えられて、最後まで走り切った。

それは二次創作で、言い換えれば猿真似か、あるいは人のふんどしで相撲を取った

そんな事にすぎない。でも確かにあの瞬間から、私は少しだけ変わり始めた。

 

昔の私の世界というのは単体で完成していたのだろう。

うわべだけ取り繕って、馬鹿にされても笑顔で、道化役を演じ続け

まともな人間ですらなかった気がする。

そうなると、今の私はようやく生き始めた、そんな所だろう。

 

ニートである期間は私にとって繭だった。

そして、今、私はその外に居る。ようやく生き始めて、

全身で世界を感じている。

蝶なんて言わない私はそこら中にいるありふれた蛾だ。

でも、それでもいいと思える。

かっこよくなくても、それでいいと思える。

 

目で見て、耳で聞いて、触れて、

五感で世界を感じている。

世界を感じられなくなったら死のう、そう決めたあの日から、

私は今も目標に走り続けている。今度はしっかりと夢に向かって。