読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

底辺ニートは社会復帰の夢をみる

社会復帰を目指す底辺職歴なしニートの日記帳

何処が人生のゴールなんだろうと思った話

こんばんは、なぎなぎです。

今日は伸び伸びと過しました。偶には寝坊しても良いかなと

少し長めに横になったり、ゆとりがある1日だった気がします。

ニート脱出の為には1日だって無駄に出来ない!と考えていた当初と比べて、

ある程度ゆとりを持った1日を過そうという方針に舵取りをした今は

やる事自体変わらなくても、

いくらか心に余裕を持って過せる様になった気がします。

同じ場所をぐるぐると回っている様な今ですが

何れは此処を抜け出る事が出来る。そう信じながら送る日々。

でも、ふと思いました。ゴールって何処にあるんだろうと。

ニートを脱出したらゴール?

一番最初はそう思ってたんですが違うと思うんですよね。

だって、いざ抜け出した物の辛くて逆戻りしてしまうというケースも

少なからず見られるという話です。ニート脱出しました!

おめでとう、はいこれでクリアです! 後は自由にお過ごしください!

とはならない訳で。むしろ始まってからがスタートといえなくもない。

じゃあ今はスタートラインにすら立ててないという事になる?

それまでの道のりで迷子になっている状態かぁー、そりゃ大変だ。

 

ゲームクリエイターになったらゴール?

夢であり目標。一つの区切りではあるんでしょうが

そこをゴールといえるかというとやはり微妙です。

間違いなくチェックポイントではあるんでしょうが、

やりきった! 満足だ! というゴール地点として設定して良いのでしょうか。

常に新しい物を作り続けなければ行けない、走り続けなければ行けない

そういう人種だと思うんですよね、ゲームクリエイターって。

うん、やはり此処はゴールじゃない。

やりたい事リストを達成しきったらゴール?

いやー、むしろこれこそ達成しきれないと思うんですよね。

これでもかってぐらい高望みした目標もありますし、

何よりやりたい事ってどんどん増えていくものだと思います。

そこに欲しいものを加えたり何かしたら本当の満足は何時まで経っても

訪れません。かかる日数は1年、十年、それこそ死ぬまで

満足するのに時間が掛かるかもしれないし、死ぬ瞬間に未練ましましで

「死にたくない!」と死んでいく可能性も否定しきれない。

でも人間ってそういうものじゃないですか?

ゴールはないのかもしれない

 

生きている間は、ずっと走り続けなければ行けないのだろうと思う。

先の見えないじゃなくて、そもそも先がない。

見えないゴールに向けて走っているイメージだったけど、

そもそもゴールってないのかもしれない。

そうなると何時までも頑張り続けなければ行けないという事だ。

こりゃ大変だ。物事は過程が大事っていうけど、

この事に限っては過程が全てだったという事になる。

1分1秒が貴重な財産。無駄な時間なんてなかった。

なんだかちょっと報われた気がしてくる。

本当に報われるのはもう少し先なんだろうけど、

少なくともやる事に意味は見出せた、そんな気がする。

ゴールは無い。なら、可能性も無限のはずだ。

 

ご拝読ありがとうございました。

明日も頑張ろうっと